家づくりで露呈した「空気を読ませる交渉」の癖

家を建てるなかで自分のコミュニケーションの癖に気づくことができた。

今までは賃貸で暮らしてきたけど、断熱関連のYouTubeを見ていると戸建ての方が心地よい暮らしができそうだと感じて戸建てを検討した経緯もあり、高額になりがちな構造になっていた。しかし、自分が借りられる額の限度が制約になり、夫婦の中のやりたいことと諦めることを整理していく必要が出てきた。ここで、自分の癖がはっきり出た。

複数人で決める場面で、無意識に取引を始めていた

自分は、二人で何かを決めるときに、無意識に自分がここを諦めるから、相手もここを諦めてくれという交渉をしていた。

たとえば、

  • 自分の部屋は減らす(コストを下げる)

  • 造作家具は諦める(コストを下げる)

みたいな「自分の譲歩」を先に提示する。問題は、その次だ。

自分の中では、その譲歩は「だから、あなたも何か譲ってね」という意味を含んでいる。でもそれを言葉では言わない。言わずに、相手が察するのを待つ。

今振り返ると、これがかなり良くない。メッセージを伝えるコミュニケーションじゃなくて、「空気を読んで動いてください」という要求になっている。

「察して」は、相手の行動をコントロールする形になりやすい

客観的に考えたら当たり前なんだけど、言われないと分からない。相手は自分の頭の中の期待を知らない。

知らない以上、今どんな行動を取ればいいかも分からない。そこでこちらが勝手に不満を溜めると、相手にとっては理不尽になる。

そしてこの形は、コミュニケーションというより、相手をコントロールするやり方に近い。

自分はそういうのは避けているつもりだったけど、自然にやっていた。そこが一番ショックだった。

たぶん仕事だと、ここまでやっていなかった気がする。仕事では議題も目的も合意も、ある程度は明文化される。けどプライベートだと、曖昧なまま進めてしまう。仕事以外の共同作業をちゃんとやってこなかった分、癖が表に出たのかもしれない。

ありがたかったのは、原因が「家の仕様」じゃなかったこと

今回救いだったのは、喧嘩になったあとに、二人で話せたことだった。

なんとなく嫌だな、という感覚を抱えたまま生活していたら、たぶん空気がじわじわ悪くなるだけだった。実際、少しギスギスしていた。

でも話してみると、論点がズレていたのが分かった。家の細かい仕様や金額の話というより、相手が嫌だったのは「交渉のやり方」だった。

こちらが譲っているように見せつつ、具体的な要求は言わない。結果として、こちらは「譲ったのに返ってこない」と感じ、相手は「何を求められているか分からないのに、圧を感じる」となる。どっちも消耗する。

違和感は我慢しても消えない。早めに言語化したほうが早い

大人として我慢して丸め込む、みたいな態度を取りがちだけど、腰を据えて耐えたところで、コミュニケーションのスキルが勝手に磨かれるわけじゃない。

足りない部分は、早い段階で気づいて、早い段階で対処したほうがいい。そうしないと、生活の中でずっと同じ形で再発する。

今回の反省は単純で、違和感が出た時点で、

  • 今の会話のどこが引っかかったか

  • 自分は何を期待していたのか

  • 相手はどう受け取ったのか

を、その場で言葉にして確認すべきだった。

家づくりは共同プロジェクトの訓練になっていた

家を建てるって、普段やらない判断の連続になる。金額も大きいし、決める項目も多い。だからこそ、普段見えない癖が露呈する。

今回で言うと、自分は「譲歩を見せて、相手に察して動いてもらう」みたいな交渉を無意識にしていた。これは直したほうがいい癖だと思う。

家の話をしているようで、実際は二人の意思決定のやり方を作っている。そう考えると、家づくりは共同プロジェクトの訓練になっている。問題が出たら、仕様だけじゃなく、会話の構造ごと改善したほうがいい。今回の収穫はそこだった。